会員寄稿

社会福祉法人落穂会 第二旭福祉センター 施設長 水流 健一

未来を創造する
             2020.6月「共生34号」
当法人は昭和33年に創設され、昭和54年に就労を希望する方が集まり、旧授産施設「旭福祉センター」が開設されました。
開設時から行っていた就労支援事業をより活かす場として、10年前にスタートした、“Café NODOKA(のどか)“(カフェ)と“Bakery 楓(ふう)”(パン屋)。今では地域の方々の憩いの場として親しまれるようになった2つの施設について、立ち上げから現在まで、そして未来を考えてみました。
▼この事業を立ち上げるきっかけは、当時、自らを客観的な視点で見たときに、障害を持つ方と地域社会をつなぐ場が少ないと感じたからです。当事業所では、就労支援として農作物の生産やパンの製造、薩摩焼の制作などに取り組んできました。当時は作ったものを市場や取引のある企業への販売、事業所内での食材提供、あとは事業所の近くで小さな売店を営んでいるぐらいで、地域の方々との関わりがそこまで多くはありませんでした。そこで、自分たちの持つツールを活かしながら発展させ、更に、障害を持つ方と地域住民の方がもっと自然に触れ合う機会を増やすための構想を考え抜いた結果が、パン屋とカフェの立ち上げでした。
▼利用者さんの変化はたいへん大きなものでした。
今でも覚えているのは、10年前のプレオープンの時。多くの方にご来店いただいて、結構大変だったんです。ひと段落ついて昼食を食べている時、一人の利用者さんが涙目になっていました。胃が痛かったって。やっぱり見ず知らずの方への接客は緊張したし、怖かったんですね、最初は。
でも、同時にその涙は、「やりきった」「よかった」という安堵の涙でもありました。お客さんも帰られ緊張が取れたんでしょう、「やりきった」という充実感からくる心からの笑顔を見せ、スタッフ全員が、いわゆる「ワンチーム」になった瞬間を今でもよく憶えています。
元々人と話すことが苦手だった方が、自分から「今日は雨ですね〜」とコミュニケーションを取りながら接客したり、馴染みのお客様にはより親しみを込めて挨拶をするようになっていきました。
そんな彼らが、10年経った今は、ファンがいるくらいに成長しました。旭福祉センターの利用者さんではなく、いつも接客してくれる〇〇さんと地域の方から認識してもらえる、「会いに来たよ。」と声をかけてもらえる。地域の方と彼らが身近に触れ合える場所になれたことは大変嬉しいことです。
10年経ってのこれから、ですが、
もちろん最初は【お客さん】という概念がない方に接客を教えるところからのスタート。「働く」という行為において必要な基本ルールを身に着ける段階では、時には厳しさが必要な場合もあります。ですが、何より働く楽しさを利用者さんに伝えていくことが、私たちが持つべき視点であると職員には常に話しています。
障害のあるなしに関わらず、誰もが輝ける場所をもっと増やしていくことが私たちのやるべき使命。私たちだけが笑顔になるのではなく、地域と共に笑顔になることが法人の大切な責務です。私たちはこれからも、彼らの「やってみたい」に寄り添い、支え、新たな取り組みを発信し続けながら、地域とともに成長していきたいと思います。
これからの旭福祉センターの活動を、是非ご期待ください。

社会福祉法人以和貴会 理事長 西丸 晴彦

社会福祉法人の役割
           2020.1月「共生33号」 
私たちの法人は介護保険サービスを中心に事業を展開しています。法人名は聖徳太子の17条憲法第1条「和を以て貴しとなす」から命名しました。「お互い仲良く調和していくことが最も大切である」という意味です。
以和貴会は昭和59年に設立され、設立当初は措置の時代でありましたが、現在は介護保険制度に移行し、契約の時代となっています。
措置時代はパターナリズムによる仕組みで運用され、福祉サービスを必要としている者に関わる事柄を本人に代わって行政が決定し、利用者には選択権がありませんでした。
平成12年から介護保険制度導入により、利用者がサービスを選択できるようになり保険・医療・福祉サービスが総合的に受けられる仕組みになりました。また、民間企業等が福祉サービスに参入できるようにもなりました。
3年に1度の介護保険法の改正も目まぐるしく、平成18年には地域密着型サービスが創設され、都道府県が行っていた事業者の指定や監督の権限を市町村に移譲しました。地域密着型サービスは、利用者が地域の中で暮らし続けることができるよう事業所が所在する市町村の住民しか利用できないサービス体系となっています。グループホームや小規模多機能居宅介護、地域密着型特定施設入居者生活介護、定期巡回・随時対応型訪問介護看護など9つのサービスが該当します。
介護保険制度の創設により、福祉サービスは競争の時代となり、サービスの質の向上が期待された反面、多様な事業主体が参入と撤退を繰り返し、継続したサービスが提供できていないことも事実であります。
その中で、社会福祉法人は地域のセーフティネットの役割を要求されており、利用者に安定した福祉サービスを継続して提供していく責務があります。
以和貴会は、その責務を適切に遂行するため、経営基盤の強化やサービスの質の向上を図ると共に事業の透明性を確保して地域福祉に貢献し、地域福祉の根拠を担える社会福祉法人となれるよう邁進していきたいと考えています。

社会福祉法人幸徳福祉会 理事長 幸多 健次

離島・遠方地の課題
          2019.9月「共生32号」
 はじめに、幸徳保育園は、鹿児島本島から460キロ南にある徳之島伊仙町にあります。サトウキビ・マンゴ・黒糖焼酎・闘牛・天然記念物の奄美の黒うさぎ・ハブなどが生息し、台風も通過する自然豊かな島で夏の海は海水浴やダイビングなどが盛んで世界自然遺産候補にもなっています。また、伊仙町は長寿世界一が2名と、日本初の五つ子ちゃんも産まれ、現在は出生率2.81(人口増ではない)で連続日本一に輝く子宝の島です。

 そんな豊かな徳之島に昭和57年に社会福祉法人幸徳福祉会を設立、都会ではベビーホテル事故が多発していたため、仕事をしながら子どもを安心して生み育てる環境を、ということで前理事長が翌昭和58年に定員60名で幸徳保育園を開園しました。幸徳福祉会の基本理念として「共生・共創の保育園」「子どもの権利の尊重」「親の権利の尊重」を掲げ、特に「共生・共創の保育園」では様々な環境にある子ども達が保育園という集団生活を共にする共同体の中で、ともに助け合いながら共に生きていく関係を構築できるように、園児・保護者・地域・行政を繋ぎ多くの人々の協力を得て、保育園を共に創る努力をしております。

 当園では、保育・食育は勿論ですが、療育・眠育・足育への取組に力をいれております。子ども達にとって必要なことは何なのかを、発達チェック表や睡眠記録などツールを使用し、11人の子ども達の発達・成長について根拠をもって保護者と面談し、その子にとって必要なことを目標にし「求められる事より、目の前に居る子どもにとって必要なこと」を大事に考えています。 

もっと人や時間を掛けてやりたいことはありますが、離島という環境のなかで次のような課題があり、園児や職員に対して、より良い環境作りが難しくなってきております。

<南北600キロ・離島が多い鹿児島県の現状課題>

 離島では出張旅費が高く、工事や物品購入時に送料が高いため総額が本土より高額になります。地方単独加算や離島加算がないため人件費にも限界があり、本土と離島で給料の格差が出てしまいます。

また、島には高等学校までしかなく卒業すると多くの子ども達は進学・就職のため島を離れ、卒業後もほとんどの子ども達が島に帰ってこず、働き手が少ないなか、保育・介護・障害の福祉ニーズは増えてきています。

 保育で説明すれば、子育て環境が大きく変化し、ニーズと共に様々な子育て支援事業・待機児童対策で保育所が増えていますが、離島や遠方地では保育士不足で待機児童や支援事業へ積極的に取り組む余裕はなく、さらに保育士の配置基準ギリギリになると休暇もとりにくくなります。

 教育・保育無償化で「求められること、遵守しなければいけないこと」は増えていますが、人材不足で対応できない園が増えることで、待機児童はいるのに運営の為に定員減も考えないといけない園も予想されます。

 都会にはなくなった子育てに大事なヒントが、離島・遠方地にはあります。

 都会に必要なことだけで考えず地方にも目を向け、どこに住んでいても同じ保育、同じ処遇が受けられる環境を実現するために離島から発信していこうと思います。

社会福祉法人友岡福祉協会 白崎保育園 園長 友岡 善信

より良い保育園経営をめざして
          2018.10月「共生29号」
  当法人は昭和43年鹿屋市に設立され、昨年創立50年を迎えました。設立当初から保育所一施設のみを運営する小規模法人ではありますが、常に目の行き届いたより質の良い保育が行える保育所を目指して日々運営を行っています。
  保育所は2015年の児童福祉法改正により「保育に欠けるその乳児又は幼児を保育することを目的とする施設」から「保育を必要とする乳児・幼児を日々保護者の下から通わせて保育を行うことを目的とする施設」へと定義が変更され、これまでよりさらに多様化されたニーズに応えることが求められるようになりました。
  しかし、求められているニーズ全てに応えるのではなく、求められているニーズの中から子ども達の最善の利益を第一に考え、子ども達にとって一番の幸せは何かというものを常に念頭に置いてニーズを精査していかなければなりません。保育所の大きな役割の一つに子育て支援がありますが保育所に求められている子育て支援とは何か、保護者の方々が子育てを負担に感じるのではなく、子育てに喜びを感じられるようにする為に保育所はどのような支援を行っていくべきか、常に自問自答する毎日です。
  「三つ子の魂百まで」という言葉もあるように、その子にとって人間形成が行われていく中で一番大事な乳幼児期に多くの時間を過ごす保育所において日々成長していく子ども達の姿に喜びを感じつつも常に責任感を持ちながら保護者の方々と協力連携し子ども達が楽しく通える保育所、保護者の方々が安心して預けられる保育所を目指しています。
  また、私は昨年度から園長となり職員を管理する立場として、より多くの時間を子ども達と接する職員の精神的な安定、ワークライフバランスを充実させることを考え職員処遇に取り組んでいます。家庭における子育てと同様、職員が子ども達と接する時、職員自身の精神状態が安定していなければ子ども達への影響は大きなものとなります。職員のワークライフバランスがより充実し、良い精神状態で日々の業務に従事できるよう、業務の効率化や書類作成作業等の簡素化出来るところは簡素化を行い、仕事によってプライベートやその他の時間が犠牲にならないよう出来るだけ定時での帰宅を推進しています。職員の皆が心に余裕を持ち、気持ちよく働ける職場環境づくりこそが子ども達に対する質の良い保育と保護者に対する最良の子育て支援に繋がっていくと信じ業務を行っています。
  まだまだ二年目の新米園長ですが、前園長であります当法人の理事長や経営協をはじめとする様々な団体の諸先輩方から助言を頂きながら子ども達にとっての「幸せ」「喜び」とは何か、常に自問自答し続け、これからもより質の良い保育、より良い子育て支援を追求していきたいと考えています。

社会福祉法人興正会 特別養護老人ホーム出水の里 施設長 小幡 興太郎

日々勉強

          2018.7月「共生28号」
 私たちの法人は昭和
57年に自分の親のお世話をする気持ちを大事に、「喜心」喜んでお世話させていただきます。「老心」目配り気配り思いやりの心「大心」広い心で受け止める。精神を理念とし創立されました。法人で最初に開所したのは軽費老人ホーム鶴水園でした。60歳からの身の回りことが出来る方が入所できる軽費A型として開所しました。施設運営していく中でご利用者様からこの地で最期を迎えたいというこえもあり、平成108月に同一敷地内に特別養護老人ホーム出水の里を設立。平成12年には介護保険も始まりました。介護保険は高齢化や核家族化の進展等により要介護者を社会全体で支える仕組みとしてつくられましたがこの制度の一つに社会的入院の解消があり在宅介護を促す意図がありました。しかし、24時間提供する介護サービスの不足もあり重度介護者の在宅介護は困難なことが多く特別養護老人ホームへの入所希望も増えたのであります。平成15年には特別養護老人ホームへの入所基準も変わりそれまでは入所申し込み順とされていたものから施設入所の必要性の高い申込者の優先的入所に努めることが義務化されました。平成27年には要介護3以上の方しか原則特別養護老人ホームには入所できなくなり施設の重度化が進み状態の不安定な利用者様が増え体調が悪くなるとすぐに受診し点滴治療や入院、病院での最期といったケースが増加傾向にありました。

特別養護老人ホーム出水の里が開所したとき体調の悪い利用者様を嘱託医の先生に診てもらいどうにか入院させてもらえないかお願いしたら先生は私たちに、「このおばあちゃんにいっぱい管をつけてどうするの。寂しい病室に一人それが嫌だからおばあちゃんは特別養護老人ホームに入所したんじゃないのね。あなたたちが利用者の生活を支えるということは施設でいっとき生活して体調悪くなったら病院に送ることが仕事ね。」と言われたことがあります。この施設をなぜ設立したのか、この地で最期を迎えたいという声があったから設立したのではと反省しました。

最終を医療でと希望される利用者様、御家族。施設でできる範囲内での生活を望む利用者様、御家族、どちらのケースもあります。その要望に応えて現在施設では看取りケアを実践しています。最後をどう迎えればいいのか看取り途中で気持ちが揺れる御家族、気持ちの整理がつかない御家族もおられますが、その利用者様にとってどの選択がいいのかケアをしていく私たちも本当にこれでよかったのかと苦しむときもあります。日々の何気ない業務の中で私たちは利用者様と向かい合うときは施設理念を念頭において利用者様に携わり穏やかに最期を迎えて下さればと日々感謝、日々反省の気持ちで利用者様を通して勉強させていただき今後も看取りケアを進めてまいりたいと思います。

社会福祉法人 愛生会 事務局長 新平真嗣

「豊かさ」を考え続ける
           2018.4月「共生27号」
 私たちの法人は昭和47年に「障害のある利用者の人間としての尊厳が守られ、一人ひとりが豊かな生活を実感し、充実した人生を自己実現できるよう確固たる倫理観を持ってその専門的支援を行う」ことを基本理念に創立されました。

45年間、社会情勢も大きく変化する中で本当の「豊かさ」とはどういうことなのか、

「豊かさ」をサポートするためには、私たちだけが持つ専門性をどのように捉えて育んでいけば良いのか、考え続けてきました。

創立当時の社会情勢は右肩上がりの高度経済成長が続き、物質的・経済的な豊かさを追求してきた時代でした。「一億総中流社会」という言葉からも分かるように、ほとんどの国民が、ある程度の衣食住には不自由することなく生活出来る世の中になっていきました。

それと同時に、ゆとりを持って家族や友人らと共に過ごす時間や自分と向き合う時間を犠牲にしてきたと感じる人々も少なくありませんでした。

この近年では特に、内閣府の世論調査でも多くの割合で「物質的・経済的な豊かさよりもゆとりや心の豊かさを重視したい」という結果も出ているようです。

この45年間で障害福祉の分野においては、先人たちのご尽力による制度整備が進み、法人の財務基盤も充実してきたおかげで、住まいの場としての施設の環境も改善が図られてきました。障がいを持たれる方々も福祉サービスをご利用するなかで、物質的・経済的な豊かさを実感しながら生活出来る環境に近づきつつあるのではないかと思われます。

そのような今だからこそ現場で携わる私たちは、ご利用者が「心の豊かさ」も同時に実感出来ているか自ら問い続けなければなりません。

私たちはどんな時に「心の豊かさ」を感じているでしょうか。家族や友人と過ごしている時、趣味をして過ごしている時、仕事を通じての達成感・・・思い描くのは人それぞれ異なる「自分らしい」時間ではないでしょうか。

障がいと共に生活する人たちのなかには自分自身をいろいろな局面で抑えざるをえなかったり、否定されたりする経験によって、「自分らしさ」を徐々に閉ざしていってしまう人もいます。

「自分らしさ」を持つということは、あるがままの自分自身を受け入れることだと思います。

そのためには、家族や友人、地域・社会と繋がり続けるなかで、自分が誰かに支えられるだけの存在ではなく、今あるがままの自分は誰かを支えている側の存在でもあるということに気づく経験が必要です。

私たちの専門性とは、ご利用者が他者との繋がりを持ち続けるためにあり、その先に「心の豊かさ」を実感出来る生活があることを確信しています。

社会福祉法人更生会 障害者支援センターすてっぷ 管理者 中村多聞

就労支援を通じた人づくりで思うこと
                  
 2017.10月「共生25号」
 「自分のために働くと飽きがくる。人のために働くと喜ばれ、感謝されて、仕事が楽しくなって飽きがこない。」このフレーズは創業40年、年商10億円を超える宮崎県の久保田オートパーツ相談役の久保田茂氏が講演の中で話されたものです。

  この会社は自動車整備や板金修理、中古パーツの海外輸出、工場見学・地域貢献のボランティアなどの社会奉仕活動に取り組まれ中でも社員の人材育成に熱心に取り組み「第5回日本で一番大切にしたい会社」大賞特別賞を受賞されました。このように民間企業も地域に対して公益的取り組みを行っている今、社会福祉法人にも本来すべき公益的取り組みが求められています。最近では社会福祉法人でも福祉事業だけでなく様々な公益的な取り組みをされている法人もお聞きしますが、更生会でも取り組んでいます。

  障害者支援センターすてっぷは昨年9月に移転し、生活介護、就労移行支援、就労継続B型事業の多機能型事業です。4月にはグループホーム(定員26名 内サテライト型グループホーム)が加わった通所型の単独事業所としてスタートしました。就労系の事業では、南九州市のごみ収集や食品会社、お茶農家さんの役務作業を行い、最近では特養の人手不足を補うために法人内の望洋の里から居室とホールの清掃と公用車の洗車を受託して工賃向上を図る取り組みをしています。

すてっぷの職員構成の中では半分以上を女性が占めており、そのほとんど全てが子育てをしながら働くお母さん方です。PTAや地域の行事、仕事が終わってからの夕食の準備や家事等、慌ただしい毎日を送りながら子育てと仕事を両立しようとしている。本当に頭が下がる思いです。

今、国では人づくりを図り生産性を高めようとしています。介護分野でもICTを利用したロボットでの介護が推進されようとしています。しかし、私が思うに福祉では安心と安全を最優先に考えるということです。職員が生活していけるだけの給与と組織の中で安全に仕事ができる環境を整えていけば人は互いに信頼し、協力していくことで頑張って仕事をしてもらえるのではないでしょうか。

私は今、障害者の就労支援に力を注いでいます。就労支援をすることによって多くのことを学ばさせてもらいました。「目に見える要因と目に見えない要因」松下幸之助氏は2つとも大事であるが、一般的には目に見える要因を重視しがちで、本当に重要なのは目に見えない要因であると言われました。

  すてっぷは小さな事業所です。今は社会福祉事業の充実を図りつつ、目に見えない要因(人づくり)を醸成し、目に見える地域貢献を図っていきたいと思います。

 

社会福祉法人南恵会 理事長 吉留康洋


努力する人は夢を語り、怠ける人は不満を語る」先日テレビを観ているとタレントさんが話していた言葉だった。気になり少し調べてみるとファルソンジェルゴニコルスが最初に語ったとされている。私自身この言葉と重ねて振り返ってみると努力をしているときには、夢があふれ、怠けている時には、どうでもよいような愚痴しか浮かんでこなかったことに反省させられる。

   私たちは本土からはなれているのでこれまでは、都会ではないから、陸続きではないからとあきらめと言い訳をくり返してきたが、社会福祉法人批判のなかで本当にそれで良いのか改めて考え、できない理由を探す作業をやめてどうすればできるのかという考え方に変換すべきでないかと思い、PFドラッカーも著書の中でも営利組織でも社会貢献を視野に入れていない組織は発展せず、崩壊の恐れもあると述べているが、当然、非営利組織は、より社会貢献に力を注がなければならないのではないかと考える。  

   平成27年度より当法人では社会貢献について考え、「たんの吸引等の研修」「介護職員初任者研修」「生活困窮者就労訓練事業」を随時開始してきた。また、平成29年度4月より徳之島三町の生活困窮者自立支援事業を受託した。はじめは生活保護にいきつくまでの支援を行うのだろうと軽く考えていたのだが、第三のセーフティーネットといわれるだけあり、ひきこもり、DV被害者、ホームレス、障がいを認知していない障がい者など多様である。

ホームレス支援においては、離島(徳之島)という地域性を考えると少ないだろうというと固定観念があったのだが、町社協より331日に支援要請があり、事業開始前より支援を行うこととなった。私たちのなかでは、レアケースであろうと法人内の倉庫を急きょ寝泊りできるようにして、関わっていくことにしたが、518日には計三名の方の支援をおこなっている。

社会資源の少ない徳之島では、なかなか住み込みの仕事や無料低額宿泊所などがなく、私たちが主体的にかかわりを持つことが余儀なくされ、一人の方はグループホームの空き室へもう一人の方は法人内のショートステイの空き室を転々としていただくことになった。

当然このような落ち着かない生活環境ではご本人の就労には結びつきにくいことが明白でありまずは安心できる生活落ち着ける環境を整えることが急務となる。今年度中には老朽化しているグループホームの建て替え計画を前倒し、建て替え後には旧グループホームを無料低額宿泊所へ事業転換することとした。

しかし建て替えにしても明日、明後日に建て替えができるものでは当然なく、徳之島町役場建設課へ町営住宅の法人への賃貸を申し出たが補助金の使用目的が違うという理由から法人には貸せない、本人には資金がないので生活保護支給が決定しなければ貸し出せないとの話であったが、幸いにして前期の障がい福祉計画を策定したときの担当者が建設課に異動しており建設課の意見をまとめ、本人名義で貸し出し、法人が保証するという形で町としても特例で認めていただけるように話がまとまった。このように気持ちを共有できる役場職員がいることに非常に感謝する。

また、就労支援においても三人の方たちには身寄りがなく、面接まではいくのだがき、採用の具体的な話になっても雇用先への保証人という壁が立ちふさがった。制度的に自立支援事業のなかでは、保証人としての支援はできず、法人が保証となっても損害賠償となると保証人になるのは不適切であるとの見解がなされ、鹿児島県の担当者が厚労省へつないでいただき厚労省の方で今後検討していくとの回答を得ている段階である。

自立支援事業の基本的スタンスとしては、雇用保険、労働保険、社会保険が整っている事業所への就労支援を行うという方向があり、身寄りのない方にとっては十分機能できないのではないかと感じる。ただ、三人のうち二人の方は介護・福祉も興味があり当法人での雇用を検討しパートから正規職員へと採用できないかと私たちは夢を抱いている。

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